ふかふか団地ブログ

文芸サークル『ふかふか団地』についてのお知らせや、メンバーの日記を公開していきます。

2017年11月23日(祝)第二十五回文学フリマ東京に参加予定。
ふかふか団地の既刊小説誌を売っています

カツ丼こわい

カツ丼という食べ物がある。

 

カツ丼(カツどん)は、に盛ったの上に豚カツ(およびその他の食材)を乗せた日本丼料理である。

 

カツ丼のことは嫌いではない。むしろ美味しいと思うのだけれど、つらい食べ物として身体に刻み込まれている。

 

きっかけは大学時代にさかのぼる。

 

一時期、おじいちゃんが尋常ではない頻度でカツ丼を夕飯に買ってきたことがあったのだ。

 

もちろん、悪気があってのことではない。ちょうど親が家を空けていた期間だったので、私の夕飯を心配してくれてのことだろう。

 

祖父母とは大学になってから同居を始めたので、多分、私の好きな食べ物などを詳しくは把握していなかったのだとも思う。そのカツ丼には、ただただ、お腹いっぱいになってほしいという想いが込められていたのだ(※状況的にボケているという説もあるが、現時点でもその辺はしっかりしている)

 

しかし、流石に3日目くらいから、内心うんざりしてきてしまったのも事実だった。

 

それでも好意で買ってきてくれたのだから、全て食べなければ申し訳が立たない。ご飯は残さず食べよと私は教えられてきた。

 

海苔を増やしてみる、にんにくをすりおろしてみる、カツをコーラで煮てみる(※信じられないがこういう調理法が本当にある)など、苦心してアレンジを加えたが、5日目であえなく限界を迎え「夕飯は自分たちで用意するので買ってこなくていいよ……」とおじいちゃんに伝えたのであった。

 

仲が悪いわけではなかったけれど、生活時間が噛み合わないこともあって、正直、これまではあまりおじいちゃんと話をしてこなかった。会話が足りなかったのだと感じる。自分を理解してほしい時、自分もまた相手を理解しなくてはならないのだ。

 

コミュニケーションの重要性を身を以て思い知る代償として、それ以来、カツ丼をみると胸やけがするようになってしまった。

 

最初の一口は美味しい。しかし、6割くらいからつらさが美味しさを上回ってくる。ミニサイズでいい。常にミニサイズでいいのだ。カツ丼は。そんなにはいらない。そんなにはいらないのだ。

 

なぜ急にカツ丼のことを書き出したかというと、0時を回り、日付が変わった直後に、帰りが遅くなった母がお詫びとばかりにカツ丼を買ってきたからだった。

 

それも、きっとお腹を空かせて待っているだろうという母の親心に他ならない。私はおじいちゃんが大好きだし、母のことも勿論大好きだ。

 

だから一口目は美味しく、6割くらいからつらくなりながらも、私は深夜0時半にカツ丼を完食するのだった。

野原ひろし 昼メシの流儀(1) (アクションコミックス)

野原ひろし 昼メシの流儀(1) (アクションコミックス)

 

 

ほとぼりが冷めたころに上げる『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』のブログ

この記事には映画打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?のネタバレが含まれています。

 

 

この映画は『時間遡行もの』ではない。なんなら『やり直し』の話でもない。

結論から入る形になりますが、一番最初に伝えたかったのはこの点についてです。

 

映画版には、原作となるドラマにはなかった『もしも球』というギミックが加わることになります。主人公である典道くんが『もしも〇〇だったら』と願いながらこの球を投げることで、その”もしも”の世界が可視化していくものです。

 

しかし、ここで重要なのはもしもボックス」の話であり「タイムマシン」の話ではないということです。(この喩えは一緒に映画を観た先輩からパクりました)

 

それを証明するのが終盤の電車のシーンで、典道くんは「何度も同じ1日を一緒に繰り返してきたじゃないか!」と、ヒロインのなずなちゃんに訴えかけるのですが、なずなちゃんは繰り返しのことを何一つ覚えていません。

 

それは、あくまでも典道くんが、典道くんの頭の中で作り出した”もしも”の世界で、時間を繰り返してきただけであるということを意味しています。つまり、それを何度繰り返したとしても、現実の世界では、典道くんが佑介にクロールで負けて「選ばれなかった」という事実が覆るわけではないのです。

 

電車というモチーフからも『銀河鉄道の夜』をイメージしてもらうと分かりやすいかと思います。典道くんはジョバンニで、なずなちゃんはカンパネルラ。典道くんが創り出した世界とは、ジョバンニが河原で夢みた銀河鉄道の旅に他なりません。

 

なずなちゃんの「次はどんな世界で会えるかな?」という台詞が、あの”もしも”の世界が現実とは隔絶された夢想の世界であることを決定づけるものであったと思います。

 

クライマックスでは、典道くんの世界で打ち上げられた花火によって、美しく散華する「もしもあの時、あんな風に出来ていたら、どうなっていたか」という可能性の欠片を、二人で一緒に見上げます。

 

映画では想像の余地として、あえて描かれていませんでしたが、典道くんが夢想の世界から戻ってきた後、やり直せない現実の世界で、なずなちゃんへの想いに真正面から向き合った時、繰り返してきた”もしも”の夢想が初めて二人に変化をもたらすのだと思います。

 

この映画は、典道くんが『一歩を踏み出す勇気を胸に宿らせるまで』または『過ぎ去った時間をやり直すことは出来ないと自覚するまで』の物語だったというのが、私なりの結論です。

 

 

 

ただ、広告の打ち出し方が……

もしも、もう一度

あの時をやり直せたら

何度でも君を助けに行く 

 

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繰り返す夏休みの1日、何度でも君に恋をする  

 

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その恋は、何度でも繰り返す―――― 

  

…………時間遡行ものやないか!!!!!!!!

 

自分の中で結論が出た後でも、改めて広告を見直してみると時間遡行ものにしか思えなくなり「やはり私が間違っているのか……?」と疑心暗鬼になってしまうくらい『やり直す』『繰り返す』をプッシュした広告ばかりが打ち出されていました。

 

 

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花火が上がるとき、恋の奇跡が起きる――

 

スカイツリー!!!

 

お前はもう一回映画を観直してこい!!!

 

 

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「もしもに出会うスタンプラリー」

 

JR東日本!!!!!!!!

 

ちゃんと映画を観てるのは、JR東日本だけだ!!!!!!!

 

JR東日本だけに正しさがある!!!!!!あとは〇ソだ!!!!!!

 

 

 

下からでも横からでもいいので観て下さい

1回目を観終わった後、世間的にはどのように受け止められているのかを知るために、映画の名前で検索をかけたところ

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という評価が出て、決して完璧な映画だったとは今でも思っていないので、まあ低評価になるのも分からないでも無かったのですが

 

その評価内容の大半を占めるのが

  • 話の内容がよく分からない

というものでした。

 

宣伝側が、ここまで大々的に『世界をやり直す』(やり直すことで、恋愛がどうにかなる)映画として打ち出しているので、それを念頭にいれた状態で映画を観ると『?』となる気持ちも分かります。だって、それは全く本質とズレた部分なのだから。

 

なんで気持ちが分かるかというと、私自身が最初に観た時に『時間遡行ものだ!』と無邪気に見誤っているからです……。

 

宣伝側の打ち出している規模感や内容と、実際の映画で展開されるそれに致命的なズレがあることで、大きく損をしている映画だなと感じています。

 

小規模劇場で細々とやっていれば、多分こういう宣伝方法にはならなかったのだろうけど、最近のヒットアニメ作品のトレンドともなっている要素を匂わせたことで、興行収入的には全面的に失敗だった訳では無さそうなところが難しいところです。

 

しかし、こういう風な宣伝展開を行うことで、この原作が持つ『良さ』みたいな部分を多くの観客が持ち帰れなくなってしまったというのは、この評価を見る限りでは確かだったと思っています。私は売れる売れないよりも、いい作品が損なわれることの方が許せない人間なので、せめて見誤られてる部分は書いておきたいと思った次第です。

 

それを理解した上でも「面白くなかった」とされる理由も分かる(そもそも、そこまで擁護するほどではない)ので、その後のことは個々人での判断でよいと思うのですが、見損なわずに、自分の目で確かめて欲しいからこそ、私はずっと「観てくれ!」と叫んでいたのです。

 

一度正確に汲み取れなかった身ではありますが「この映画、本当にこれでいいのか……」という違和感を突き詰めて行った結果、少し好きな作品にはなったので、考えた時間は無駄ではなかったと思っています。

 

あと、ドラマ版は非常に素晴らしい作品で、当時14歳の奥菜恵さんが完璧な美少女すぎて犯罪なので(?)是非こちらも観て頂ければと思います。

 

 

終わりに

及川なずな(CV.広瀬すず)の瑠璃色の地球を聴いて下さい。

瑠璃色の地球

瑠璃色の地球

 

 

節約について

わたしは複数の箇所から合計150万円ほど借金をしていて、しかも収入が200万を下回っている。そのくせ毎晩のビールはやめられず、DLsite.comでエロ同人RPGを買いあさることも怠らない。エロ同人RPG狂いで多重債務者になるのは日本でも稀なケースだと思う。

開きっぱなしの蛇口、あるいは石油を垂れ流すように飛ぶヘリコプターのような状況で、水道代や燃費を最適化するにはそれらを使わなければよろしい。ということで、もう五年くらい頭の中でパワーワードの地位を占めていながら実行に移せない「緊縮財政」についてお話します。

 

予算を立てずにスケジュールを立てる

底辺労働者が予算を立てるとそのかつかつぶりに絶望して心が濁りアルコールに逃げてしまうので、予算は立てないほうが精神衛生上よろしい。それよりも、手帳のカレンダーページに一ヶ月の予定を書き出し、そこから逸脱しないことを意識したほうが結果的に予想外の出費を減らすことができる。正確に言えば、「予想外の出費」を自覚できるようになる。「ちょっとぐらいええやろ」をどれだけ抑制できるかがカギなんじゃないかと思う。実践できてないけど。

 

繰り返し買う消耗品をリストアップする

最近はじめたことで、インスタントスープやボックスティッシュ洗顔材だったり、一ヶ月に一度は買うようなものを思いつくだけ書き出してAmazonほしいものリストに個数99で登録した。クレジットカードの明細を見ると実感できるのだけれど、Amazonの恐ろしさは瞬く間に購入回数が増えていくところにある。高額の商品を買うよりも、ちまちまと買っていくほうが「お金を使った」実感がないので見えない請求がかさんでいく(個人の感想)。買い物の回数を減らせ、というのが見出しとしては正しいんだけれど、漠然としたお題目はADHDにとってはむしろ毒なのでできることをできる範囲でやっていこうな。

食生活の幅を広げる

個人的感覚なのだけれど、オフィスワークは食事の幅が自ずと狭くなっていく。いつも同じコンビニだったり、今日もラーメンだったり。そうすると、少しでも食事のバリエーションを増やそうと一品付け足したり煮卵トッピングしたりして、おなかははちきれそうになるし数百円ロスする。これを防ぐには意図的に毎日違うものを食べる必要があって、いろんなところを食べ歩く方が長期的には食費をコンパクトにできるんじゃないかという、現時点では予想です。毎日セブンイレブンじゃ実際うんざりするし食事も楽しくなくなる。コンビニ飯は好きだけれど。

デートの予定を積極的に作っていく

は?

デートというのは、性別を問わず、飲み会っぽくないお食事というか、しっぽりやっていきましょうや、的な会合をイメージしていて、要するにそこに飲み代を集約する意識でやっていこうと。たまのビールを最高品質の友人とともに召し上がっていただこうと。友人も恋人もいない。机上の空論だ。金麦は最低だ。麦とホップは最寄のローソンには売っていない。9月から節約する、月曜日から本気出す、今日だけは飲ませてくれ、キーンランドステークス(編集部註:キーンランドカップのこと、精神的動揺と競馬知識の浅さがうかがえる)、悔やんでも悔やみきれない、なけなしの4000円が飲まれた、安ワインとカットチーズは、涙を彩るほどの味わいはなかった。

劇場版ポケットモンスター キミにきめた!を観ました。他

 ※当サークルは第二十五回文学フリマ東京出店予定です。詳細は後日。

 

 どうもご無沙汰です。

 

タイトルの通り、大好評上映中の「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」を観てまいりました。

 

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※タイトルロゴが既にカッコいい

 

公開週とかに書けばキャッチーなんでしょうけど、もう結構時間が経ってしまったので、適当にぬるく感想を書きます。ネタバレが嫌な方は見ないほうがいいかも。

 

一応説明すると、今夏のポケモンの映画は20周年記念作品となっていまして、「初代ポケットモンスター」のアナザーストーリー的な内容になっています。

序盤にアニメ1話のピカチュウとサトシの出会いを再び描き、そこから伝説のポケモン「ホウオウ」と戦うことを目指し旅を進めるというカンジです。

※ちなみにタケシとカスミは登場しません。代わりに新キャラが出ます。

 

で、感想を一言で言うと、面白かったです。

特に素晴らしかったのが映像ですね。今回の映画はポケモンバトルを中心としてサトシくんの旅と成長を描いていくコンセプトなんですが、特にバトルの映像がすごかった。

迫力が尋常じゃなくて、躍動感とか緊張感とかが画面を超えて伝わってくるようで興奮しました。

遊戯王の映画の時もそうだったんですけど、昔アニメで好きだったキャラとかが今の映像のクオリティで描かれるのホント好き。(遊戯王の映画もクッソ名作なので是非)

かなり映画として観ていて楽しかったです。

 

内容も普段のと比べると結構凝ってますね。

明らかに大人が観ることを意識して、しっかり面白く作られているなと感じました。

サトシが夢の中でポケモンのいない我々の世界に近い場所にいってしまうシーンは、特に大人に考えて欲しいということなのでしょう。

また、ヒトカゲバタフリーのエピソードなど元のアニメの要素を上手く生かしている点も多く、懐かしく、心を動かされた人も多かったのではないかと思います。

あからさまに泣かせようとしてくるシーン(案の定うるついている)とか強引な展開もありましたが、全体としてよくまとまっていました。

ポケモンバトルとは?」「ポケモンマスターとは?」というテーマが、子供の頃を思い出し、特にグサッと心に刺さりました。まさに『めざせ!ポケモンマスター』でした。

最近TVアニメのポケモンも観てるんですけど、「楽しい!」って気持ちをそのまま「楽しい!」って感じられるんですよね。なんというか純粋に、小学生の頃を思い出して楽しめるんですよね。なんかもうね、最初の頃はその感情が湧き上がるだけで泣きそうになりました。 なんかいいですよね。いつまでも子供の頃の気持ちは忘れたくないものです。

 

で、最終的に何が言いたいかといいますと、20年間子供たちに夢を与え続けてきたサトシさんってやっぱすげーわということでした。

そして、世代を超えて楽しまれるポケモンってすげーなということでした。(信者並感)

特に、昔はポケモンが好きだったけど、今はすっかり大人になってしまった皆さんにはおすすめできます。純粋な『楽しい』という気持ちを思い出せる機会になるのではないでしょうか?

 

 私も帰りにチャリンコ漕ぎながら思いました。

やっぱ働いてる場合じゃねーんだ。未知なる世界を目指して冒険して、ポケモンマスターになるしかねーんだ。すっかり忘れていた子供のころの夢を思い出したんだと。

 

 というわけで、私もポケモンマスターになることにしました。

 

realdgame.jp

 

これは実際の建物を使って謎解きをする「リアル脱出ゲーム」とポケモンのコラボです。私もホウオウの試練に挑戦して、世界一のポケモンマスターとしての一歩を踏み出したいと考えています。決行は9月予定! 気が向いたら記事にするかも。

 

 

最後に尺余ったんで、ゲームの方のポケモンで最近使ってたパーティを載せて適当に締めます。もはや何の記事かわかんねぇな?

 

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パーティ名:格の違いスタン

メガゲンガー@メガ たたりめ ヘド爆 みがわり おにび

ブラッキー@ゴツメ イカサマ どくどく ちょうはつ つきのひかり

マリルリ@鉢巻 アクジェ たきのぼり じゃれつく ばかぢから

メガメタグロス@メガ バレパン 冷パン アイへ アムハン

ランド@チョッキ じしん とんぼ 岩封 叩き

ヒートロトム@ほのおZ ボルチェン オバヒ どくどく めざ氷

 

シーズン3で使った構築で、結構長い間300位くらいをキープしてたパーティです。

流石に勝率が高すぎて、格の違いを勘違いするくらいにはお門違いでした。

しかし、最終週にがっつりやろうと思ったらいきなり勝てなくなり、もはや新しい並びを試す暇もなく死んでいった構築です。

ブラッキーが環境的に強いと思って使い始めたんですけど、証明できず。

ブラッキー+メガグロスorメガゲンガーの並びは結構強いと思うので、慢心して深められなかったのが残念。

水妖タイプ(アシレ、レヒレ)とガッサが絶望的なのと、テテフがほぼ出てきてしまうので、ゲンガーが刺さってるパーティにもグロスを出さなきゃいけないことが多かったのがきつかった。

鉢巻マリルリさんの使い勝手はよかったです。バシャ絶対殺すマンで、高速アタッカーは軒並み先制技で確2にできるので強力ではあったんですけど、テテフの被選出率もこいつのせいで上がってた気がします。

結局、攻めを通した方が勝ちやすいゲームなんで、負けるときは後手に回ってしまうことが多かった気がします。

次こそはなんかマシなものを……。

というか下手すると次に真面目にやるのはウルトラサン/ムーンからかもしれませんね。ハハ。

 

それでは皆さん、さようならー。

スピッツ『CYCLE HIT 1991-2017』を聴く その②(シロクマ 2006-2017)

 

fukafukadanchi.hateblo.jp

 

前回の続きです。

 

シロクマ(CYCLE HIT 2006-2017より)

 

今すぐ抜け出して 君と笑いたい まだ間に合うはず
地平線を知りたくて ゴミ山登る 答え見つけよう

 

北極とか南極の生物が好きです。2月生まれだからでしょうか。

 

なので『シロクマ』というタイトルを観て、あっかわいいですねと思って気になっていたのでした。

 

そういえば、セブンイレブン白くまが神です。少し値は張りますが、ハーゲンダッツとの2択でもこちらを選ぶことがあるくらい好きです。

 

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ここまでマジで余計なことしか書いてないですが、まだ余計なことを書きます。

 

私は、日高屋に入ると短歌を詠まなくてはいけないというルールの下で生活しています。

 

twitter.com

 

短歌を詠むと、一つ一つふかふか団地のニューフェイスである、伝右川伝右先生が講評してくれる仕組みとなっています。

 

なんというか、最初は「思ったことを31音に整えればそれっぽくなるだろう」という浅はかな考えの下に、日高屋短歌を読んでいました。

 

その最初の一首がコチラになります。

 

 

これは我ながら「おっ。なんかそれっぽいぞ」と思って世に送り出し、Twitter上で7いいねを獲得しました。

 

ただ、何が「それっぽい」のかまではあまり理解しておらず、 そんな中で、伝右川先生より講評を頂くこととなりました。

 

 

詠んだ方は完全に「それっぽい」で送り出したものが、ここまで分解できるのか……と感動させられたのですが、同時に「5・7・5・7・7」の31音の制約の中で何かを表現するために、音の響き方、詠んだ時のリズム、目にした時の見た目や言葉の選び方まで意識した上で、歌は詠まれているのだなと、今さらに思い直されたのです。

 

『シロクマ』の話に戻ります。この曲に限った話ではないのですが、草野さんの書く歌詞は、伝右川先生の言葉を借りると、なんでその表現を選んだのか「必然性を見出したくなる」言葉にあふれていると感じました。

 

ちょっと遠い景色 簡単ではないけど
ビンの底の方に 残った力で

 

最初に「ビンの底の方に 残った力で」というフレーズを聴いた時、なんとなく私は「缶じゃないのか!」と思いました。なんかアホみたいですね……。

 

PVを観れば「ビンの底の方に残ったもの」がビールであることが分かるし、シロクマというタイトルは、ワイシャツ姿の壮年の会社員の比喩であって、それに掛かる表現であり、それが「ビンの底」である必然性であることも分かります。

 

でも、なんとなく「底の方に残った力」って「コーンスープの缶」のことのように思いませんか?シロクマってコーンスープ感ありませんか??私だけなんでしょうか???

 

最初のイメージ通り、柔らかくて力の抜ける曲でもあるのですが、サビの後にハッとするような直接的なリアリティを孕んだ言葉を投げてくるのも、この曲の好きなところです。

 

惑わされてきた たくさんの噂と
憎悪で汚れた 小さなスキマを

 

言葉は、普遍的であればあるほど、想いを重ねられる範囲は広くなっていくけれど、限定的な言葉であればあるほど、深く重ねられるように出来ていると思っていて、そういう限定的な言葉から、自分の依り代を探すのが私は大好きです。

 

このフレーズは、シロクマくんが何から抜け出そうとしているのかを示唆するものになっているように感じます。

 

でも、だからこそ

 

なんとなくでは終われない
星になる少し前に 

 

という最後の歌詞が、スッと自分の心に落ちてくる感覚を覚えたのです。

 

私が、スピッツの曲のどこに心を寄せているかというと、多分、諦観のような空気感がどことなく流れながらも「諦めきれない」感情を歌っているように聴こえるところのように思えます。そういう感情はよく知っているからです。

 

いい締めが思い浮かばなかったので、アカシアさんと私の宣伝ツイートを貼って結びとさせて頂きます。