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ふかふか団地ブログ

文芸サークル『ふかふか団地』についてのお知らせや、メンバーの日記を公開していきます。

2017年5月7日(日)第二十四回文学フリマ東京にて、四冊目の新刊『火星ソーダ』を頒布予定。
ふかふか団地の既刊小説誌を売っています

エロ作家の人格が露出してしまうことについて

 twitterとかでエロ漫画家とかエロゲ会社のひととかのツイートが読めるようになって、そこは制作のこぼれ話だったり作家自体のコンテンツ化だったり楽しいこともあるのだけれど、作者と作品を切り離して考えられない人間からすると決してすべてが好ましい結果をもたらすわけではないと思う。

 未熟な人間なので人格が嫌いな人間の作品は作品それ自体の完成度が高かろうと手を出さないのだけれど、これがエロになると話が違ってくる。そもそも作品の取捨選択ができるということは選択肢の数が膨大であるからこそ成立する。ところがエロの場合、自分の性的嗜好にフィットする作品というのは供給されるエロの数に比べて意外なほどに少なく、俺たちはそれぞれのニッチを抱えて生きている。そんな中で、贔屓にしている作家がちょっと人格を疑うような発言をしているのを目の当たりにすると、エロの裏側におっさんのしょうもなさが意識無意識にちらついてしまって、シコリティが下がってしまう。嫌ならそれでシコるなと言われようが、しかしそれ以外のエロは代替品として十全に機能しない、納得の行くシコリティを感じさせないとなって、八方ふさがりだなと思う。

 エロ作家、というか、もっと広げてAV女優だとかそういった性的市場の従事者のパーソナリティが匿名性を志向しているのは、彼らのプライバシーを守るためだけでなく、その芸のために人格を隠そうとする意図があった(ある)のだろうし、芸と人が同一化されるというのは、作品の出来を関係のないところで阻害してしまいかねない、そういうことを意識して生きていこうと思った。