ふかふか団地ブログ

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ほとぼりが冷めたころに上げる『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』のブログ

この記事には映画打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?のネタバレが含まれています。

 

 

この映画は『時間遡行もの』ではない。なんなら『やり直し』の話でもない。

結論から入る形になりますが、一番最初に伝えたかったのはこの点についてです。

 

映画版には、原作となるドラマにはなかった『もしも球』というギミックが加わることになります。主人公である典道くんが『もしも〇〇だったら』と願いながらこの球を投げることで、その”もしも”の世界が可視化していくものです。

 

しかし、ここで重要なのはもしもボックス」の話であり「タイムマシン」の話ではないということです。(この喩えは一緒に映画を観た先輩からパクりました)

 

それを証明するのが終盤の電車のシーンで、典道くんは「何度も同じ1日を一緒に繰り返してきたじゃないか!」と、ヒロインのなずなちゃんに訴えかけるのですが、なずなちゃんは繰り返しのことを何一つ覚えていません。

 

それは、あくまでも典道くんが、典道くんの頭の中で作り出した”もしも”の世界で、時間を繰り返してきただけであるということを意味しています。つまり、それを何度繰り返したとしても、現実の世界では、典道くんが佑介にクロールで負けて「選ばれなかった」という事実が覆るわけではないのです。

 

電車というモチーフからも『銀河鉄道の夜』をイメージしてもらうと分かりやすいかと思います。典道くんはジョバンニで、なずなちゃんはカンパネルラ。典道くんが創り出した世界とは、ジョバンニが河原で夢みた銀河鉄道の旅に他なりません。

 

なずなちゃんの「次はどんな世界で会えるかな?」という台詞が、あの”もしも”の世界が現実とは隔絶された夢想の世界であることを決定づけるものであったと思います。

 

クライマックスでは、典道くんの世界で打ち上げられた花火によって、美しく散華する「もしもあの時、あんな風に出来ていたら、どうなっていたか」という可能性の欠片を、二人で一緒に見上げます。

 

映画では想像の余地として、あえて描かれていませんでしたが、典道くんが夢想の世界から戻ってきた後、やり直せない現実の世界で、なずなちゃんへの想いに真正面から向き合った時、繰り返してきた”もしも”の夢想が初めて二人に変化をもたらすのだと思います。

 

この映画は、典道くんが『一歩を踏み出す勇気を胸に宿らせるまで』または『過ぎ去った時間をやり直すことは出来ないと自覚するまで』の物語だったというのが、私なりの結論です。

 

 

 

ただ、広告の打ち出し方が……

もしも、もう一度

あの時をやり直せたら

何度でも君を助けに行く 

 

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繰り返す夏休みの1日、何度でも君に恋をする  

 

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その恋は、何度でも繰り返す―――― 

  

…………時間遡行ものやないか!!!!!!!!

 

自分の中で結論が出た後でも、改めて広告を見直してみると時間遡行ものにしか思えなくなり「やはり私が間違っているのか……?」と疑心暗鬼になってしまうくらい『やり直す』『繰り返す』をプッシュした広告ばかりが打ち出されていました。

 

 

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花火が上がるとき、恋の奇跡が起きる――

 

スカイツリー!!!

 

お前はもう一回映画を観直してこい!!!

 

 

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「もしもに出会うスタンプラリー」

 

JR東日本!!!!!!!!

 

ちゃんと映画を観てるのは、JR東日本だけだ!!!!!!!

 

JR東日本だけに正しさがある!!!!!!あとは〇ソだ!!!!!!

 

 

 

下からでも横からでもいいので観て下さい

1回目を観終わった後、世間的にはどのように受け止められているのかを知るために、映画の名前で検索をかけたところ

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という評価が出て、決して完璧な映画だったとは今でも思っていないので、まあ低評価になるのも分からないでも無かったのですが

 

その評価内容の大半を占めるのが

  • 話の内容がよく分からない

というものでした。

 

宣伝側が、ここまで大々的に『世界をやり直す』(やり直すことで、恋愛がどうにかなる)映画として打ち出しているので、それを念頭にいれた状態で映画を観ると『?』となる気持ちも分かります。だって、それは全く本質とズレた部分なのだから。

 

なんで気持ちが分かるかというと、私自身が最初に観た時に『時間遡行ものだ!』と無邪気に見誤っているからです……。

 

宣伝側の打ち出している規模感や内容と、実際の映画で展開されるそれに致命的なズレがあることで、大きく損をしている映画だなと感じています。

 

小規模劇場で細々とやっていれば、多分こういう宣伝方法にはならなかったのだろうけど、最近のヒットアニメ作品のトレンドともなっている要素を匂わせたことで、興行収入的には全面的に失敗だった訳では無さそうなところが難しいところです。

 

しかし、こういう風な宣伝展開を行うことで、この原作が持つ『良さ』みたいな部分を多くの観客が持ち帰れなくなってしまったというのは、この評価を見る限りでは確かだったと思っています。私は売れる売れないよりも、いい作品が損なわれることの方が許せない人間なので、せめて見誤られてる部分は書いておきたいと思った次第です。

 

それを理解した上でも「面白くなかった」とされる理由も分かる(そもそも、そこまで擁護するほどではない)ので、その後のことは個々人での判断でよいと思うのですが、見損なわずに、自分の目で確かめて欲しいからこそ、私はずっと「観てくれ!」と叫んでいたのです。

 

一度正確に汲み取れなかった身ではありますが「この映画、本当にこれでいいのか……」という違和感を突き詰めて行った結果、少し好きな作品にはなったので、考えた時間は無駄ではなかったと思っています。

 

あと、ドラマ版は非常に素晴らしい作品で、当時14歳の奥菜恵さんが完璧な美少女すぎて犯罪なので(?)是非こちらも観て頂ければと思います。

 

 

終わりに

及川なずな(CV.広瀬すず)の瑠璃色の地球を聴いて下さい。

瑠璃色の地球

瑠璃色の地球